B.B.キングD〜ハウス・オブ・ブルースでの感激ライヴ


ようやく開演時間になり、
前座のアーティストがステージの袖から出てきた。
年齢は20代半ばぐらいだろうか。
笑顔が初々しい好青年だった。
アコースティック・ギターを片手に、たった一人で舞台に立っている。
曲調は80年代に流行ったサザン・ロックを彷彿とさせるもので、
観客も「どこの誰かはわからないけど、今この時を楽しもう」といった感じで
声援を送っていた。
 
ところが右斜め前方を見た時、
一人だけ異様な雰囲気を醸し出している男性がいることに気がついた。
わざと帽子を目深にかぶってうつむき、
彼のライヴを完全に拒否するかのような
態度を取っていたのである。
よく見ると、帽子や服にB.B.キングのバッジをたくさん付けているではないか。
BBの狂信的なファンなのだ。
「そこまでしなくても・・・」と思うぐらい一人の世界に入っていて、
私は彼の頑な態度に思わず見とれてしまった。
 
視線をステージに向けると、
青年はドラムをたたきながら一生懸命歌っている。
この無名のアーティストがメジャーになる日はくるのだろうか。
そう思いながら私は拍手をし続けた。
彼のライヴは1時間程で終了し、
いよいよ待ちに待ったB.B.キングの登場である。
 
私は花束を下に向け、
心地よい緊張感を味わいながらライヴが始まるのを静かに待っていた。
すると誰かがいきなり私の背中に自分の背中を押し付けてきたのである。
ビックリして後ろを振り返ると、
ライヴ前に年上の女性とバトルした例の若い女性が
背中をわざと私に押し付けながら友人たちとおしゃべりをしていた。
彼女はゴールドのタンクトップを着ており、その汗ばんだ肌の感触を
私は嫌がおうにも感じざるをえなかったのである。
 
どうしてこんな目に合わなくてはいけないのか・・・?
彼女は壁に寄りかかるがごとく、
私の背中に全体重をかけてきた。
その時私の身長は180cm近くに達しており、
彼女の背の高さとほぼ同じだった。
それが理由で彼女のターゲットになってしまったかどうかはわからない。
私はとっさに「やめてください」と言うことができず、
我慢できるところまで黙っていようと決めて
歯を食いしばりながら、文字通り彼女の重圧に耐えた。
 
それが20分ぐらい続いた時、
(あと数分続いていたら私の身体は前にのめっていただろう。)
彼女はスッと背中を離した。
幕が上がり、B.B.キングのバック・バンドが
古典的なブルース・ナンバーを演奏し始めたのは
それからまもなくのことだった。
 
メンバーは総勢7名で、
私が3年前にメリルヴィルでライヴを見た時と同じような顔ぶれだ。
バンド・リーダーのジェームス(James Bolden)は
相変わらずコミカルな雰囲気でトランペットを吹き、
大柄な体格も手伝って、存在感のあるパフォーマンスを行っていた。
でもその日、バックで一番目をひいたのは
ギタリストのチャールズ(Charles Deniss)だった。
理由は彼のストラップが本物のコブラで作られていたからだ。
それもお頭付きで。
彼の左肩でコブラが今にもヒュルリと舌を出しそうだった。
ストラップは単にギターやベースを肩から吊るすだけのものではない。
そこにパフォーマーの個性や嗜好を表現することもできる。
そういう意味において、
チャールズの個性は十二分にストラップから発散されていた。
 
私は彼をじっと見つめた。
するとチャールズの視線が不意に私をとらえた。
そして彼は私に対してニコニコ微笑みながら
「君だよ!君、君!」と言わんばかりに
私のことを指でさしたのである。
「えっ???」私は一瞬何のことだかわからなかったが、
「もしかしてエレベーターの中で会った人はチャールズだったの?」とひらめき、
笑みを返しながら「そうだったのね!」と頷いて私も彼を指した。
そうしたらチャールズも頷いてくれて、
誰も気づかないところで私たちは再会を喜んだのだ。
 
以心伝心。
ほとんど言葉を交わしたことがないのに、
その時私は彼と容易にコミュニケーションを取ることができた。
それは別にチャールズに限ったことではなく、多くの黒人と接して思うことだ。
私はゲットーに住むある友人に対して
「あなたたちと話していると何か同じものを感じる」と言ったことがある。
すると彼は「その言葉を聞いて僕は今、笑顔になった。
本当にハッピーな気分だよ。」と
自分の気持ちを素直に教えてくれたのだ。

「それは本心なのか。それともお世辞なのか。」
彼らは非常に敏感な為、
相手の心を感じ取る能力に長けている。
だからこそ、
何のわだかまりがなく同じ目線で好意をもって接すれば、
彼らは懐を開いてくれる。
 
午後10時をまわった頃、
とうとうB.B.キングが大声援に包まれながら
ステージに姿を現した。
ゆっくりとした足どりでステージの中央まで歩み出て、
用意された椅子に腰を下ろす。
私はBBの一挙一動を息をのみながらじっと見守った。
そしてお付きの人がBBにルシールを手渡し、
あの懐かしい甘い音色がホール全体に響き渡る。
するとまわりにいた観客は
一斉にポケットから携帯電話を取り出して、
BBに向かってカメラのレンズを向けた。
私は携帯を取り出す余裕もなく、
全身で感動を味わいながら「BB!BB !」と我を忘れて叫んだ。
 
最初の曲、「Every Day I Have the Blues」を歌い終えたBBが
マイクを持って挨拶をし始めた時、
BBの視線がピタッと私と合い、
「あの時の君だね」と確認するような深いまなざしを私に向けてくれた。
それから幾度となく私はBBとアイ・コンタクトを取ることができ、
この上もない幸せを味わうことができたのだ。
今も目を閉じると
BBの包み込むような温かいまなざしが甦ってくる。
 
BBが歌い終わる度に
みんなは「サンキュー!BB!」と大声を張り上げてレスポンスしていた。
あの気が強そうな年配の女性はボーイ・フレンドの真横で、
指を胸の前でクロスさせながら
感激で身体を震わせている。
「ありがとう!BB !」「あなたは素晴らしい!」
その声援をBBはどんな気持ちで聞いたのだろうか?
確かに命を振り絞るかのように歌を歌い続けるBBの姿は、
我々に勇気や希望、活力を与えてくれる。
でも彼らがどんなにリスペクトして感謝の言葉を述べようと、
決してBBは過去に受けた心の傷を忘れることはないだろう。
そんな考えが浮かんできて、
私は彼らの「ありがとう!」という言葉を
複雑な思いで聞いた。
 
ショーが終盤にさしかかった時、
椅子が2つ追加され、左にチャールズ、中央にBB、
右側にベーシストのレジナルが座り、3人だけのショー・タイムにになった。
BBのオハコともいえる「How Blue Can You Get」「Sweet Little Angel」
「Nobody Loves Me But My Mother」が披露される。.
私はBBのせつない歌声を聴きながら
このステージの終わりに花束を渡そうと決心した。
そしてラストの曲「Key To The Highway」のギター・ソロを
BBが渾身の想いを込めて弾き終えた時、
チャンスは到来する。
会場が大きな拍手と感動の渦に包みこまれたその瞬間、
私は思いっきり手を伸ばしてBBに向かって花束を差し出した。
そして大きな声で2度叫んだのである。
「From Japan, I  Love you BB !!!」
 
どよめく会場の中で
私が花束を掲げていることにいち早く気づいてくれたのはチャールズだった。
BBは深々とお辞儀をしていたため、
私の行為にまだ気が付いていない状態だ。
そのためチャールズが心配そうな顔をして立ち上がり、
私に向かって手を差し出そうとしたその時、
BBが私の存在に気がつき、
愛情に満ちたまなざしでじっと見つめてくれたのである。
そしてBBはお付きの人に合図を出し、
舞台の袖から出てきた男性に私は花束を渡した。
それと同時にBBは手に持っていた入魂のピックを私に渡すよう彼に促した。 
静まりかえる会場の中で、
私はピックをもらいながら「Thank you BB!」と言うのが精一杯だった。
そうしたらBBは3年前と同じように
自分の上着に付いているブルーのバッジに手をかけ、それを外したのである。
そして日本語で「どうもありがとうございます」と言いながら
バッジを私にプレゼントしてくれたのだった。
 
私は感激で目頭が熱くなり、涙が止めどもなくあふれてきた。
まわりにいたカップルたちが私に
「スゴイね!おめでとう!」と声をかけてくれ、
斜め前にいたあの年配女性のボーイ・フレンドは
無言で密かに私の肩を抱きしめて
「よかったね!」というメッセージを送ってくれた。
私はみんなの祝福に
「ありがとう。日本から来てよかった・・!」と感極まりながら答えたのだ。
 
バック・メンバーが再び勢ぞろいして、
ラストの曲「The Thrill Is Gone」を演奏した時、
私はBBからプレゼントされたピックとバッジを握り締めて喜びの絶頂にいた。
その曲が終わるとBBは立ち上がり
ポケットからピックをたくさん取り出して観客にばら撒き始めた。
ピックがなくなると
今度はBBの文字が入った黒いネックレスを私たちに向かって投げてくれた。
みんなはそれをもらおうと必死である。

私は遠慮してその様子をじっと見ていたら、
いっこうに手を出さない私に向かって、
BBが目で合図をしてメッセージを送ってくれた。
「今度はこれを君にあげるから手を伸ばして!」
私はすぐに手を差し出してそのネックレスをもらおうとしたら、
叔母に対してひどい態度をとったあの女性が横から手を伸ばして、
力づくでもぎとろうとした。
でもBBは私にあげたいという意志を明確に示してくれて、
私の手の中にネックレスを置いてくれたのである。
それが私の手の中に入った瞬間、
BBも私も安堵の表情を浮かべてお互いに微笑み合った。
 
そしてBBは今回のステージに携わった全ての人々にお礼を言い、
拍手喝采の中、手を振りながらステージの奥へと消えた。
カーテン・コールに応えてBBが再び現れた時、
BBはコートを着て帽子をかぶっていた。
「BB、素敵な思い出をありがとう!  
どうかいつまでもお元気で歌を歌い続けてください。
遠く日本の地よりいつもあなたのことを応援しています!」
私は心の中でそうつぶやきながら万感の想いを込めて拍手を送った。
 
その日起こった素晴らしい出来事の数々を私は決して忘れない。
きっと想いが天に通じて、神様が粋な計らいをしてくださったのだ。
シカゴで体験したハートフルな思い出と感謝の気持ちを胸いっぱいに詰め込んで、
翌日私はアトランタへと旅立った。
 
<07・12・26>